浅野内匠頭終焉の地

今年も、早一ヶ月を残すところとなりました。

今年はどんな年でしたか?そして来年の抱負は?
昔は年末に「忠臣蔵」が良くテレビで放映されていました。
内容は皆さまも良くご存知かと思いますが、あらためて弁士風に。

時は元禄14年(1701年)パン!赤穂藩主の浅野内匠頭長矩が江戸城内で吉良上野介義央に斬りつけ、即日切腹を命じられ、赤穂藩は取り潰しとなりました。これに対し、大石内蔵助を中心とした赤穂藩の家臣四十七人の義士たちは、主君の仇討ちを決意、翌元禄15年12月14日(旧暦)の深夜、主君浅野内匠頭の仇である吉良上野介の屋敷に討ち入り、見事本懐を遂げましたとさ、パンパン!

そして、ここ新橋も関係の深い土地です。
新虎通りと日比谷通りの交差点の近くに、「浅野内匠頭終焉の地」の碑があります。
江戸時代、この辺りには奥州一之関藩(岩手県)田村右京太夫の上屋敷があったそうです。(昭和40年までは「芝田村町」と言う町名でした)
そして、内匠頭は江戸城松の廊下での刃傷沙汰があったその日のうちに、この屋敷で切腹させられました。上野介を打ち取れなかった無念の思いを、辞世の句「風さそう花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせん」に託しております。

墓所がある泉岳寺からこの碑まで、徒歩約1時間。東京タワーのある芝公園を左手に見ながらお散歩コースはいかがでしょうか?着いたら、「新正堂」さんで切腹最中を買って、疲れたら新橋元氣計画寄って下さい。足腰をしっかりお揉みしますよ〜。

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文と写真:朝日由美子

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私達 元氣計画治療院は、港区新橋と文京区千駄木にある鍼灸指圧マッサージ治療院です。スタッフ全員が安心安全の専門家 厚労省医療系の国家資格を取得しており、皆様の健康維持のお手伝いが出来るよう日々努めております。

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